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山形地方裁判所 平成5年(ワ)32号 判決

主文

一  被告らは原告に対し、各自金一九二万五〇〇〇円及びこれに対する平成四年五月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を被告らの、その余を原告の負担とする。

四  この判決主文第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

一  被告らは原告に対し、各自金五二〇万円及び内金四八〇万円に対する平成四年五月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行宣言

(請求の趣旨に対する被告の答弁)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(請求の原因)

一  原告は、年令七一才であり、一〇年ほど前妻Bに先立たれ住居地に一人暮らしをしており、また二、三年前から頭痛・腰痛を患って通院し、歩行も困難な病身であり、しかも無職で年金暮しをしていて余分な資金もなかった状態にあり、本件まで先物取引に関する知識・経験は全くなかった。

二  被告会社ハーベストフューチャーズ(以下「被告会社」という。)の仙台支店営業部二課係長代理をしていた被告Y2(以下「被告Y2」という。)は、平成四年五月二〇日午前一〇時頃原告方に赴き、「小豆などの商品取引をすると、二ヵ月で二倍もうかる。絶対損はさせない。今は損が出ても保険から出してもらえる制度ができたから、絶対に損にはならない。」などと言葉巧みに先物取引を勧誘することに終始し、その旨信用することを余儀なくされた原告をa銀行b支店まで同行し、さらには銀行員に対し不動産取引のために必要だなどと虚偽の話をしてその場をつくろい、同店から原告の唯一の預金金五〇〇万円を払戻させて、委託保証金名下に原告から右金員の交付を受けた。

三  翌五月二一日午前一〇時頃、被告会社仙台支店支店長Y1(以下「被告Y1」という。)が原告方を訪問し、前日の五〇〇万円の領収書を持参して来、その際、原告に対し、前項における被告Y2と同様に絶対に損はさせない旨の話をし、原告をして、ますます確実な利益が得られるものとの誤信を強めさせ、かつ先物取引に関する注意事項については全く説明をしなかった。

四1  商品先物取引は、転売、買戻による差損益金の授受によって決済することを当然に予定した取引であり、売買代金の全額を払わなくとも、その一割程度の証拠金で取引できることから、商品価格のわずかな変動によっても投下貸本(証拠金)に比べて極めて高率の差損益金が生じる投機性の高い取引である。そして、商品の価格は、商品の需給関係を基本とするものの、国際的な政治、経済、社会情勢や気象条件等の複雑な要因によって変動するものであって、これを予想することは極めて困難であり、しかも、その取引にあたっては高額の手数料を支払わなければならないから、商品先物取引によって最終的に利益を得ることは相当に困難であるのが実態である。

2  このように、商品先物取引が通常の売買とは著しく異なる特殊の取引であることから、商品取引所法は、断定的判断の提供や利益保証などによる不当な勧誘行為を禁止し、商品取引所も受託契約準則、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項、受託業務に関する協定、同規則、受託管理規則等を定め、両建や無意味な反復売買の禁止、その他委託者を保護するためのさまざまな規定等を置いているのである。

3  前記のとおり、商品先物取引は極めて投機性の高い特殊な取引であり、その仕組みも複雑で、これによって利益を得ることの困難な取引である以上、商品取引について知識も経験も有しない顧客を勧誘する場合には、取引員は顧客に対し、それが投機性の高い危険な取引であることを十分に理解させたうえ、商品取引の仕組みや、価格決定要因についても十分な説明をし、顧客が自主的かつ自由な判断に基づいて取引できるように配慮すべき一般的な義務を負っているというべきである。そうすると、前記各規定等は、顧客との関係においても一般的義務の内容を個別的に具体化したものであると解され、これに違反し勧誘の態様が自主的かつ自由な判断を阻害するものである場合には、顧客に対し、不法行為を構成すると言うべきである。

五  被告Y2、同Y1が、原告のような高齢病弱で年金暮らしをしているという、先物取引を行なうのにふさわしくない者に対し、先物取引という極めて危険な取引に勧誘することは、取引所指示事項に違反するほか、前記のとおり、「絶対もうかる。」などと利益が確実であるかのような勧誘をし、あるいは損失の負担を約束したり、原告の指示なく無断で数多くの売買取引をしているのは、それぞれ商品取引所法九四条に違反するものであって、極めて違法性が強いといわなければならない。

六  前記のとおり、原告は高齢、病弱で、かつ先物取引については全く無知、経験がない者であったところ、被告Y2、同Y1はこれを奇貨として確実にもうかる旨の虚偽の事実をもって原告を誤信させ、先物取引の委託保証金名下に、金五〇〇万円を騙取したものであり、これは、詐欺による不法行為ということができる。被告Y2は、大豆等が値上がりする要素としてアメリカにおける在庫の減少、当年の天候等を説明したとするが、日々刻々と情勢が変わる先物取引業界においては、全く無意味な説明であり値上がりの根拠たりえない。

七  また当初の三ヵ月は、二〇枚を超えないようにしている新規委託者保護管理規則にも違反して、厳密な原告の資産調査もしないまま、最初の取引から一〇〇枚の取引を勧誘しているが、これは被告らが原告から委託保証金名下に金五〇〇万円という多額な金員を騙取しようとしたからにほかならない。

八  なお原告は、被告Y1より平成四年六月一〇日に金二〇万円のみの支払いを受けたにすぎず、また原告が署名押印した受領確認書は、金額欄空欄のものに署名押印を求められたため原告がそれに応じたものにすぎず、その時現金の授受はなかった。

九  原告は、本件訴訟追行のため弁護士倉岡憲雄に本件訴訟を委任し、弁護士費用金四〇万円を支払うことを約束したが、これは右不法行為と相当因果関係のある損害である。

一〇  よって、原告は、被告Y2及び同Y1に対し民法七〇九条に基づく損害賠償として、被告会社に対し民法七一五条に基づく損害賠償として各自金五二〇万円及び弁護士費用を除く内金四八〇万円に対する不法行為の日である平成四年五月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各自支払いを求める。

(請求の原因に対する認否)

一  請求の原因一項の事実中、原告に先物取引の経験が全くないとする点は否認し、その余の事実は不知。

二  請求の原因二項のうち、被告Y2が原告に対し、「小豆などの商品取引をすると、二ヵ月で二倍もうかる。絶対損はさせない。今は損が出ても保険から出してもらえる制度ができたから、絶対に損にはならない。」などと申し向けたとの事実は否認し、その余の事実は概ね認める。但し原告から交付を受けた金員は、委託保証金名下のものではなく、委託保証金そのものである。

三  請求の原因三ないし八項の各事実は否認する。

四  請求の原因九の事実は不知。

(被告の主張)

一  原告の職業、年令、商品先物取引の経験等に関する被告Y2の意識には、勧誘当時、原告が取引に不向きであるとの認識は存在していなかった。すなわち、平成四年五月一九日、被告Y2は、行政書士、土地家屋調査士という独立自営の資格を有し比較的所得に恵まれた業種に絞って取引の勧誘を行なっていたのであり、その当時、原告が無職で年金暮しをしている認識は全く有しておらず、また原告が以前にゴムの先物取引をしたことがある旨の話を原告本人から聞かされており、さらに原告の言動により原告の年令を六〇代半ばと誤解させられていたものである。

二  被告Y2は、原告に対する勧誘を行なうにあたって、商品取引の仕組等について所定の説明をきちんと行なっている。すなわち被告Y2は、原告との取引を開始するにあたって、原告に対し、商品先物取引委託のガイド、受託契約準則等、約諾書に記載された書面の交付・説明をし、また商品先物取引の危険性についてもこれを告知するなど、所定の手続を履行している。

三  本件取引に関する説明に際して、被告Y2が原告に対し、虚偽内容の事実は説明していない。すなわち、被告Y2が原告に大豆値上がりの根拠として説明した、米国の在庫の減少、天候の不順は、それにより商品が品薄となる結果、価格は上昇するのであり、もちろん右以外の要素はあり、商品相場も日々変動するものであるが、中長期的にみれば値上がりの重要な要素である。

四  原告は、平成四年六月五日から同年七月二二日に至るまでの間、米国産大豆、小豆、コーン、乾繭の各取引を行なったが、当初利益が出ていたものの、後に思惑がはずれ損を出すに至ったものであり、本件最初の取引注文数が大豆一〇〇枚となった経緯も、被告Y2が原告に五〇枚の取引を勧めたところ、原告から「今回は、一〇〇枚やろう。」との指示を受けたためであり、被告Y2が独断で同注文数を決定したものではない。

五  被告Y2が、平成四年五月二〇日の朝、原告を原告宅に車で迎えに行き、銀行まで送迎したのは、原告からの求めに応じたものであり、また銀行員に対して不動産取引のためと説明したことについても、原告にそのように説明して欲しいと頼まれたからにほかならない。

六  平成四年六月一〇日、原告は、被告会社から、取引による利益金一八万八七〇六円と預託中の委託保証金の一部返戻金一一一万一二九四円の合計一三〇万円の支払いを、更に平成四年七月二日には委託保証金の一部金一二〇万円の返戻をそれぞれ受け、それぞれについて受取確認証を作成した。なお被告会社においては出金手続を行なう場合、経理担当者が出金額と受取確認証記載の額を確認してこれを行なうことになっているから、原告主張のような金額欄空欄という事態は起こり得ない。

第三証拠

一  原告

1  甲第一号征ないし第一八号証

2  原告本人

3  乙第一、七ないし一〇号証の成立は認める。乙第五、六号証の署名押印部分の成立は認め、その余の部分の成立は否認する。その余の乙号各証の成立は不知。

二  被告ら

1  乙第一号証、第二号証の一ないし四、第三号証の一ないし五、第四号証ないし一〇号証

2  被告本人Y1、同Y2

3  甲第一ないし四号証の成立は不知。その余の甲号各証の成立は認める。

理由

一  原告は、被告会社の仙台支店営業部二課係長代理をしていた被告Y2の勧誘に応じ、被告会社に委託して本件先物取引をなし、平成四年五月二〇日、同取引の委託保証金として金五〇〇万円を交付したことは当事者間に争いがない。

二  成立につき争いのない甲第五ないし一八号証、乙第一、七ないし一〇号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一ないし四号証、被告Y2、同Y1各本人尋問の結果により真正に成立の認められる乙第二号証の一ないし三、乙第三号証の一ないし五、乙第四号証、署名押印の部分につき成立に争いがなく、その余の部分につき弁論の全趣旨により成立の認められる乙第五、六号証、原告、被告Y2、被告Y1各本人尋問の結果(右の各本人尋問の結果中、いずれも後記措信しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨に前記争いのない事実を総合すれば、本件先物取引の経過について以下の事実が認められる。

1  原告は、年令七一才で、もと土地家屋調査士の仕事をしていたものであるが、一〇年ほど前妻Bに先立たれたため住居地に一人暮らしをしており、また二、三年前から頭痛・腰痛を患って通院し、歩行も困難な病身であり、平成四年五月二〇日当時、a銀行b支店に五五二万五九一七円の預金を有していたものの、すでに土地家屋調査士の仕事は辞めて無職であり、二ヵ月に一度支給される厚生年金と国民年金の合計約一〇万円の年金によって生活をしていたものであり、本件取引以前に商品先物取引の経験はなかった。

2  被告会社は国内先物商品取引の受託業務等を目的とする会社であり、東京穀物商品取引所及び前橋乾繭取引所の商品取引員であり、被告Y1は被告会社仙台支店支店長であり、被告Y2は被告会社の従業員であり原告の担当外務員であった。

3  被告Y2は、平成四年五月一九日午前一一時頃、山形県内の行政書士、司法書士等の名簿を利用して見付けた原告方に電話をし、原告に対して「もうかる仕事があるからしてみないか。」などと勧誘し、同日午後三時頃原告方を訪れ、原告の年令、職業、余裕資金の有無等を十分確認しないまま、原告に先物取引を勧めた。

その際、被告Y2は、原告に対し、米国産大豆の在庫減少や作付面積減少及び天候不良により大豆の生産量が少ないだろうとの自己の予想を基にし、大豆が品薄になり価格が上昇するであろうとの自己の相場観を示し、また相場の記載された新聞を示して「この相場は細かい数字になってるんだけれども、今は五円だから一〇円になると倍になる。」「もうかる。もうかる。」「すぐもうかる、差し支えない。今は損をしてももうかるように保証されている。」等とあたかも同被告の示唆にしたがって取引すれば利益が生じることは確実であるかのように述べた。

また被告Y2は、「受託契約準則」及び「商品取引委託のガイド(危険開示告知書を含む)」なる先物取引の仕組みについての説明書を原告に交付しており、これらの参考資料中には商品取引の投機性や危険性が一応示されてはいるものの、先物取引につき十分な知識・経験・能力を有しない原告にとっては、これらを一読してもその内容を全く理解できず、かえって前記のような利益が確実であるかのごとき被告Y2の言動により、同被告の示唆に従っていれば絶対損をすることはないとの認識を抱いて先物取引の委託をすることを決心したため、それ以上前記参考資料を全く検討しなかった。

その結果、原告は、被告会社に対し、被告Y2を通じ委託証拠金五〇〇万円を預託して、別表一売買一覧表記載取引番号(以下「別表一売買取引一覧表記載取引番号」を単に「取引番号」という。)1の、五月二〇日付東京穀物商品取引所における米国産大豆(以下単に「大豆」という。)一〇〇枚を買建することを約した。

4  被告Y2は、翌五月二〇日午前九時頃、原告をa銀行b支店まで車で送り届けた上、自己が何者であるかを銀行側に明かさないよう原告に口止めをするとともに、同店の銀行員に対しては「仕事上の付き合いの者です。」といって自己が先物取引業者であることを隠し、金銭の使途についても「不動産のいい物件が見つかったんで、それの手付けということで払うんだ。」などと事実と反する話をしてその場をつくろい、原告に同店から原告の預金を担保にして五〇〇万円の手形貸付を受けさせた上、右銀行員から当該金員を直接受け取って被告会社に持ち帰り、別表二預託・返戻金一覧表番号記載(以下これを単に「別表二番号」という。)1の、委託証拠金にあてた。

5  被告Y1は、同年六月二日、原告宅に前日の委託証拠金五〇〇万円の領収書を持参するとともに、原告宅で、高齢者には取引の仕組みについての理解が難しく、また追い証制度による資金不足の危険をともなうので原告に余裕資金の有無を確かめるつもりであったところ、原告が六四、五才を超えたくらいの比較的高齢者であることを認めて、「あまり大きな金額ではやらないほうがいいかな。」との印象をもったにもかかわらず、原告に対し、年令、余裕資金の有無等について十分確認しなかった。

6  被告Y1は、同年六月五日、大豆が下がり相場であるとの自己の相場観に基づいて、原告に対し、「現状の大豆の取引を続けるよりは、小豆等の取引をした方が確率的にも利益が高いと思うから乗り換えた方がよい。」等と東京穀物商品取引所における小豆、コーン、前橋乾繭取引所における乾繭の各取引に乗り換えることを勧めたところ、原告は十分その意味を理解しないまま「そちらのほうでやってくれ。」と答え、取引番号2の小豆五〇枚の買建がなされた。

7  同年六月八日、現実に大豆の価格が下がったので、被告Y1は、原告宅を訪れ、さらに乾繭、小豆、コーンに取引を切り替えるように勧めたところ、原告は、これに応じて小豆、コーンについて取引番号3ないし19、乾繭について取引番号70ないし75の各取引を同年六月九日までに被告らに委託した。

8  被告会社は、同年六月一五日、未払金一七一万七一一一円を(別表二番号3)、同月一九日には未払金一五六万四五八九円を(別表二番号4)をそれぞれ大豆以外の銘柄の取引の委託証拠金に振り替えた。

9  原告は、その後も商品先物取引について確たる方針をもたないまま、被告Y1に取引方針を任せ、その言うところにしたがって別表一売買取引一覧表記載のとおり各取引を重ねたものであり、これにつき、原告は少なくとも取引報告書等により事後報告は受けていたものの、その詳細については理解の外にあった。

10  原告は、同年六月一〇日、被告Y1から委託証拠金の余剰(一一一万一二九四円)及び未払金との合計一三〇万円を受領し(別表二番号2)、また同年七月二日にも委託保証金の余剰一二〇万円を受領して(別表二番号5)、それぞれに関する受取確認書に署名押印した。

11  その後小豆と乾繭が暴落し、ストップ安で決済できない状態が続き、同年八月一七日、委託証拠金全部を使い果たさざるを得ない状態となり五九七万〇四〇六円を帳尻金に振り替え(別表二番号6)、五九万二七三九円のマイナスとなった。

12  なおa銀行は、同年一〇月一六日、原告の前記手形貸付債務と同行の原告に対する前記預金債務とを相殺した。

以上の事実を認めることができ、原告、被告Y2、同Y1の各本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らして措信できず、他にこの認定を覆すに足る証拠はない。

二  被告らの行為の違法性、有責性

右一に認定した事実を検討すると、被告会社従業員である被告Y2、同Y1らの行為には以下のような違法不当な点がある。

1  商品先物取引は、少額の証拠金で差金決済による多額の取引を可能にする極めて投機性の高い経済行為であり、商品市場が一般に経済状況の変化等により短期間に激しい値動きをすることと相まって、当該取引に参入する者に予期せぬ巨額の損失を被らせる危険性があることは公知の事実である。またその売買の決定には、商品の需要・供給の関係、政治・経済の動向等の諸要因に関して相当高度な知識・経験が必要となるから、一般投資家は取引への参入、実行につき商品取引員に依存せざるを得ないものであるところ、商品取引所法の規定及びその趣旨に則り定められた商品取引所の定款、受託契約準則等が種々の法的規制等を加えているのは、まさにこうした観点より一般投資家の保護を図ったものである。

そうだとすれば、右の如き制度的な危険性及び右各規定の趣旨にかんがみ、一般大衆に比し知識・情報・判断能力等の点で極めて優越的な地位に立つ商品取引業者及びその被用者としては、右法的規制等を遵守し、商品取引をするに十分な知識・経験・能力を有しない者が安易に取引に参入しないよう、また、一般投資家に不測の損害を被らせることのないよう努めるべき高度の注意義務を負うというべきである。したがって、業者が一般投資家を先物取引に勧誘する際には、第一に先物取引の仕組・危険性を理解する能力及び生活に支障を来さないだけの余裕資金を有しない者の委託は拒否すべきであり、第二にその上で更に右の制度的危険性等につき十分な説明をし、また具体的な取引をするにあたっては、委託者の自主的・合理的意思決定を可能ならしめるため、当該具体的取引をめぐる諸要因に関し、当該委託者が十分理解できるだけの客観的情報資料を提供して助言指導を行なうとともに、当該委託者にとって無理のない金額の範囲内で取引申込に応ずべきであり、当該委托者の真意に基づく具体的建玉指示にしたがい、忠実に委託を実行する義務を負うというべきであり、業者がこれらの義務を怠り、その態様が社会通念上許容される限度を超える場合、右行為は違法性を帯び、不法行為を構成するものというべきである。

また商品先物取引を行なう過程は、類型的に勧誘に始まり、商品先物取引契約の締結、同契約に基づく具体的な建玉、そして終局的な取引の手仕舞いという一連の形をとり、一般の委託者を保護するためには、右一連の過程のすべてについて適切な規制がなされることが必要であるから、商品取引員の行為の違法性の有無も右の一連の過程を全体的に考察して判断しなければならない。

2  商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項(甲第一四号証)では、不適格者の参入防止の観点から、「商品先物取引を行なうのにふさわしくない客層に対しての勧誘」を不適正な勧誘行為とし、さらに受託業務に関する協定(甲第一六号証)も、「経済知識および資金能力から見て商品先物取引参加に適しないと判断される者を勧誘しないこと」を遵守事項に掲げており、社団法人日本商品取引員協会の受託業務に関する規則(甲第一七号証)も「経済知識、資金能力及び過去の取引経験等から見て商品市場における取引の参加に適さないと判断される者を勧誘すること」を行なってはならないとし、受託業務管理規則(甲第一八号証)は、「恩給・年金・退職金・保険金等により主として生計を維持する者」「長期療養者及び身体障害者」「前項各号に該当しない者であっても、管理担当班の責任者が、その者の資金力、理解度等からみて商品先物取引を行なうにふさわしくないと認定した者」に対しては、委託の勧誘及び受託を行なわないことと定めている。

ところで、本件取引の委託者である原告が、商品市場における先物取引についての知識・経験を有していなかったことは前示のとおりであり、本件委託証拠金五〇〇万円を原告が出捐してはいても、前記のようにそれは唯一の財産を担保にしたもので、無職で年金生活をしている状況からすれば、原告が投機行為を行なうのに相応しい経済的基盤を有していたとは認められないし、原告本人尋問での応答ぶりや、現在もなお先物取引につき極めて不正確・不十分な理解しかできていないことを勘案しても、本件取引過程において原告に投機取引に必要な判断能力があったとは認められない。

これに対し、被告らは、原告に先物取引の経験がある旨主張し、これに沿う証拠として、被告Y2本人の供述中、原告がゴムの先物取引をしたことがある旨被告Y2に述べたとする部分があるが、原告はこの点を否定し、他に原告に先物取引の経験があったと認めるに足る証拠はない。仮に原告に若干の先物取引の経験があった旨被告Y2に話したとしても、直ちに原告が本件当時、高度に専門化した先物取引の仕組み等に習熟し、商品知識や価格変動要因の知識、判断能力を有していたものと即断することはできず、かえって、現にそれらの知識・能力を原告が有していなかったことは、前認定の本件取引経過および原告本人尋問での応答ぶりからみて明らかであり、先物取引に習熟した勧誘員である被告Y2には、その交渉過程で、当時、原告にこの点に関する十分な知識・能力がなかったことを容易に看破しえたはずであるから、これに反する被告Y2の右供述及びこれを前提とする被告らの主張、弁解は到底採用できない。

以上のような諸点にかんがみると、原告は商品先物取引たる本件取引を行なうにふさわしくない者に当たるというべきである。そして、被告Y1本人尋問の結果によれば、被告会社では、外務員が受注後、必ず管理課員が再度委託者を訪問し取引仕組等についての再度説明を行なう手続が採られていたことが認められるから、本件では被告Y2、同Y1、管理課員の少なくとも三名が原告の先物取引適格性をチェックする機会があったにもかかわらず、結局原告の知識・能力とも取引適格を有するものとして処理されており、これは被告らの原告に関する委託契約締結前後の調査が極めて杜撰か、あるいは原告が不適格者である事実にあえて目を背けたかのいずれかであり、被告Y2、同Y1らは原告がかかる不適格者であることを認識し又は認識しうべきでありながら、本件取引に参入、継続させたものである。

3  また被告Y2は、原告の勧誘にあたり原告に所定の書類を交付し、形式的には所定の手続等を整えているが、原告が自主的・合理的意思決定ができるだけの客観的な情報資料の提供・説明をした形跡はなく、かえって先物取引の仕組・危険性に対する原告の無理解に乗じ、原告に対し、自己の相場観をもとに利益を生じることが確実であると誤解させるようなかなり断定的な判断を提供して取引を勧めており、これは関係取締法規等に違反する行為である(商品取引所法九四条一号・九六条、受託契約準則二二条二号)。

4  被告Y1が、原告に大豆から別銘柄に乗り換えることを勧めた平成五年六月五日以降の本件取引は、先物取引について十分な判断能力を有しない原告の自主的判断に基づくものではなく、原告の真意に基づく具体的建玉指示というよりは、むしろ終始被告Y1のリードによりその意向のまま取引が継続されていたと認められ、この経過は商品取引所法九四条三号の禁ずる「一任売買」そのものとは認められないが、実質的には一任売買に準じたものというべく、被告Y1の右行為は、委託者保護の観点よりなお不相当な行為といわなければならない。

5  前記一、二1ないし4によると、被告Y2、Y1らは先物取引不適格者たる原告を本件取引に参入させただけでなく、本来なすべき情報提供、説明を尽くさず、断定的利益判断を提供して勧誘し、その結果原告の自主的な意思決定をまたずに実質的には一任売買に近い取引形態を継続し、これにより原告の資金調達能力を超えた範囲まで取引を拡大、継続させたものであり、本件取引過程におけるこれら一連の行為は社会通念上許容される限度をこえたものといわざるを得ず、全体として違法なものというべきである。

6  また以上に認定、検討した諸事実からすると、被告Y2、同Y1には、原告に損失を被らせる意図があったと推認されてもやむを得ない面があり、少なくとも前記注意義務に反する重大な過失があったものと認められるから、同人らが相協力して原告に対して本件取引を勧誘し、取引を拡大・継続して原告主張の損失を被らせた行為は、全体として民法七〇九条所定の不法行為を構成する違法な行為というべきである。

7  被告会社の従業員被告Y2、同Y1の右行為が、被告会社の事業の執行につきなされたものであることは明らかであるから、被告会社は、その使用者として、民法七一五条により、原告の被った損害を賠償すべき義務があるというべきである。

三  損害

1  原告が、本件取引を行なうにあたり、被告会社に対し、委託証拠金として合計五〇〇万円を出捐し、その後金二五〇万円の返還を受けたことは前示のとおりであるから、損益相殺によりその差額二五〇万円が被告らの不法行為により生じた損害というべきである。

2  一方、前記一によると、原告には右損害の発生、増大について以下のような過失があったものというべきである。

(一)  原告は、取引を始めるにあたり、十分とはいえないまでも被告会社の従業員である被告Y2、同Y1から先物取引の投機性等を明示した書面の交付、説明を受け、又売買報告書等の書類が送付されており、その理解度はともかくとしても、自分なりの一応の判断をする機会は与えられていたにもかかわらずその理解・把握の努力を怠っており、右従業員らの確実に利益が生ずるとの言葉を安易に信じていた。

(二)  大豆の取引を打切るに際してこれと同時に小豆、乾繭について新たな取引をすることを拒絶することは、右従業員らのいいなりであった原告にとっていささか困難であったとはいえ、不可能とはいえないにもかかわらず、原告は、早期に手仕舞いせず、漫然と被告従業員らの言葉に引きずられ取引を継続、拡大し損害の増大を招いた。

(三)  より一般的には、原告は右従業員らが信用をおけないような言動、行動をしていることに早くから気づくことができたのであるから、同人らを警戒し、自己の判断に従って行動すべきであったのにこれを怠った面がある。

右の原告の過失を、被告らの本件不法行為の違法性の程度、被告らに重過失が認められること等の事情とを対比し衡量すれば、本件については、原告に三割、被告らに七割の過失があったものと認めるのが相当であるから、本件損害賠償額の算定にあたっては、前記1の損害に右割合の過失相殺をすることとし、その結果、被告らによって賠償されるべき原告の損害額は一七五万円となる。

3  原告が、本件訴訟代理人弁護士に本訴の提起と追行を委任し、報酬の支払を約したことは弁論の全趣旨より明らかであり、本件事案の性質、審理経過等にかんがみ、被告らに負担を命ずべき弁護士費用は、前記損害額の約一〇パーセントにあたる一七万五〇〇〇円をもって相当であると認める。

四  結論

よって、原告の本訴請求は、不法行為に基づき、被告らに対し、各自金一九二万五〇〇〇円及びこれに対する本件不法行為日である平成四年五月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本朝光)

<以下省略>

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